研究概要
遠く離れた地域の文化がなぜ似ているのか、これは人類史における究極の謎の一つです。文化人類学者や歴史学者は、さまざまな時代や地域の文化の中に構造的なパターンを見出してきました。 私は、よく似た文化が生まれるのは、人間が社会を作る限りにおいていつでも成り立つ、「文化を生む仕組み」があるからだと考えています。 そこで、統計物理学と進化理論の発想で、ミクロの個人の相互作用がマクロの社会構造を生む仕組みを調べ、人類史を理論的に説明する普遍人類学に取り組んでいます。
親族構造の進化
「太陽の子は月の子と結婚せよ」のように、社会の中で人々を文化集団(クラン)に分類し、特定のクラン間でのみ結婚を認める規則は伝統的な小規模社会にある程度一般的に見られます。 文化人類学ではクラン間の結婚可能性を定める関係がなす構造を親族構造といい、いくつかの典型的なパターンが知られていましたが、いかにしてこれらの構造が生まれるのか、地域ごとの構造の違いをどうすれば説明できるのかは不明でした。 そこで我々は、人間社会では一般に、結婚によって義理の親族が連帯し、配偶上のライバルが対立することに注目し、数理モデルで表現しました。すると、進化シミュレーションの結果として、マクロの親族構造が進化することが明らかになりました。
関連文献: レヴィ=ストロース『親族の基本構造』; Itao & Kaneko, PNAS 2020; Itao & Kaneko, Proceedings of the Royal Society B 2022; Itao & Kaneko, PNAS 2024
関連プレスリリース: 東京大学(2020・日本語); 理化学研究所(2024・日本語); RIKEN (2024・English)
競覇的贈与による社会組織の遷移
人前でモノを贈られたならば、もらったよりも多くをお返しせねばならず、それに失敗すれば名声を失いかねない。このような慣習は伝統的な社会に多く見られ(最も有名な例は北米先住民のポトラッチ)、競覇的な贈与と呼ばれます。 我々は競覇的な贈与をモデル化し、それが社会の中に富の格差と身分の格差を生むことを明らかにしました。そして、贈与の頻度(一世代のうちに何回贈与するか)と、お返しに求められる利率が増大するにつれて、 社会構造が血縁に基づくバンド、同胞意識によって連帯する部族、階層化した首長制社会、安定した王室を戴く王国の間を遷移することを明らかにしました。
関連文献: マルセル・モース『贈与論』; エルマン・サービス『未開の社会組織』; Itao & Kaneko, Humanities and Social Sciences Communications 2023; Itao & Kaneko, PLOS Complex Systems 2024
関連プレスリリース: 理研CBS-トヨタ連携センター(2024・日本語)
進化力学系ゲーム理論による制度の自己組織化
地下水や森林、水産物などの天然資源は分割することが難しいため、共同管理されることが多いです。もし皆が、他の人が使う前に自分が使おうとすれば、資源はすぐに枯渇して、共有地の悲劇が起きてしまいます。 しかし、歴史上人々は、共有地の悲劇を回避するために様々な制度(輪番制や禁漁期間の設定など)を作ってきました。これまでにどのような制度であれば持続可能な資源利用が可能になるかは明らかになっていますが、 そうした制度がどのようにして生まれるかは不明でした。我々は、力学系理論と進化ゲーム理論を組み合わせた進化力学系ゲーム理論によって、動的な資源管理ゲームにおける人々の意思決定の進化を考えることで、制度が自己組織化する仕組みを明らかにしました。
関連文献: エリノア・オストロム『コモンズのガバナンス』; Itao & Kaneko, PNAS 2025
関連プレスリリース: 理化学研究所(2025・日本語); RIKEN (2025・English)
人口転換の普遍性
出生率と死亡率がともに高い多産多死社会から、死亡率が低下した多産少死社会を経て、出生率も低い少産少死社会へ移る人口転換は、世界各地で観察されています。私は、237の国と地域における1800年から2020年までのデータを分析し、平均寿命と粗出生率の間に二つの普遍的な関係があることを明らかにしました。第一の相は寿命と出生率が反比例するもので、主に20世紀半ばまでに少子化が進んだ先進国で見られます。一方、第二の相は平均寿命の伸びに伴って粗出生率が指数関数的に低下するもので、戦後の先進国と多くの発展途上国で見られます。先進国では人口転換が第一次・第二次の二段階に分かれることが知られていましたが、本研究は二つの相を定量化し、多くの発展途上国が第一の相を経ず第二の相に沿うことを示しました。さらに、出産と教育投資のトレードオフを組み込んだ数理モデルにより、相の切り替わりを説明し得る仕組みを提案しました。モデルと国際比較データは、教育水準を保ちながら教育費の家計負担を軽減することが、出生率回復につながる可能性を示しています。
関連文献: オデッド・ガロー『格差の起源―なぜ人類は繁栄し、不平等が生まれたのか』; Lesthaeghe, Population and Development Review 2010; Itao, Evolutionary Human Sciences 2026
関連プレスリリース: 理化学研究所(2026・日本語); RIKEN (2026・English)
家族形態の進化
子どもがいつ親元を離れるか、兄弟姉妹が遺産をどのように分配するかに注目すると、世界各地に家族の在り方をいくつかの典型的な家族形態に分類できます。歴史人口学では、こうした家族形態と近代社会の政治イデオロギーとの相関が指摘されてきました。そこで、前近代の農耕社会における家族の振る舞いを数理モデルで表現し、土地の希少性と、外乱のリスクに応じて、異なる家族形態が進化することを明らかにしました。さらに、拡大家族が多い社会では貧困層が、不平等相続が多い社会では富裕層が厚くなることを示しました。これにより、家族形態と政治イデオロギーの相関を、富の分布の違いを介して説明するシナリオを提示しました。
関連文献: エマニュエル・トッド『世界の多様性―家族構造と近代性』; Stevan Harrell, Human Families (1997); Itao & Kaneko, Humanities and Social Sciences Communications 2021
関連プレスリリース: 東京大学(2021・日本語)